shine or die!!!

無気力大学生は幸せな未来の夢を見るか?

選択肢

1日は起きてから帰るまで選択肢が何千個もある。多分。

起きる時間も、食べる物も、向かう時間も、ふとした会話も、ふとした行動も。

色々選択肢がある。大抵は正しい選択肢しか出てこない。


「のどが渇いた。お茶を飲もうかな、飲まないかな」

「お茶を飲みたい。お茶を取りに行こうかな、取りに行ってもらおうかな」

「お茶を入れた。今飲もうかな。後で飲もうかな」


ってだけ。

どちらかを選択しても無難な選択ではある。間違った選択肢だとしても、そこまで大きく悪い方に傾く事は少ない。


もしそこで明らかに違う選択肢が出てきてそれを選択をしたらどうなるのだろう?


「のどが渇いた。お茶を飲もうかな、飲まないかな、過ちを犯してでもこの国で革命を起こそうかな」

「お茶を飲みたい。お茶を取りに行こうかな、取りに行ってもらおうかな、人を殺めようかな」

「お茶を入れた。今飲もうかな。後で飲もうかな、自分の愚かさに気がついてしまったから自尽しようかな」


そんな選択肢は出てこない、と思う。思いたい。

でも、のどが渇いた後に急に革命について考える人もいるだろうし、お茶を飲みたいときにふと人を殺める人もいるだろうし、お茶を入れた後命を自分で断つ事を決める人だっていないとは言い切れない。

「そんな選択肢が出てくるわけがないだろ」とは言えない。人の脳内は読めない。何十億もの人がいる。全員が同じ思考回路ではない。古いロボットのように同じ思考回路で毎日生きているわけじゃない。

 

そんな人だって勿論この3択だけで生きている訳ではない。何億、何兆ともある選択肢の中から抽出した3択なのだから。正常な人は2択なんだけど。

 

そんな感じで一瞬で選択肢をギュッとまとめて抽出している。

 

毎日膨大な数のルート選択がある。

膨大な選択肢を数個にまとめている。

正しい選択肢を選び生きている。

そう考えると急に自分が賢い人間ではないかと思い始めてきた。

 

いや、賢い人間ではなく人間が賢いのか。